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福岡地方裁判所 平成8年(ワ)713号 判決 1997年5月09日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告大同生命保険相互会社(以下「被告大同生命」という。)は、原告株式会社A(以下「原告会社」という。)に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告第一生命保険相互会社(以下「被告第一生命」という。)は、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)は、原告花子及び同甲野花美(以下「原告花美」という。)に対し、各金七五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年四月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、死亡者の遺族等で、保険金受取人である原告らが、保険者である被告らに対し、災害割増特約付定期保険等の保険契約に基づき、災害死亡保険金等の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実

1  保険契約の締結(以下これらをまとめて「本件各保険契約」という。)

(一) 原告会社は、被告大同生命との間で、次の生命保険契約を締結した。

保険の種目  災害割増特約付定期保険(七五歳満期)

証券番号 八一七―二七七六二八

保険契約日  平成四年五月一日

被保険者   甲野太郎(以下「太郎」という。)

保険金額   普通死亡三〇〇〇万円、災害死亡三〇〇〇万円

保険金受取人 原告会社

(二) 太郎は、被告第一生命との間で、次の生命保険契約を締結した。

保険の種目  災害割増特約付終身保険

証券番号 八五一二―九〇一〇八七

保険契約日  昭和六〇年一一月二一日

被保険者   太郎

保険金額   普通死亡二五〇〇万円、災害死亡二五〇〇万円

保険金受取人 原告花子

(三) 太郎は、被告富士火災との間で、次の傷害保険契約を締結した。

保険の種目  積立家族傷害保険

証券番号   四〇七―二六六五八九―八

保険契約日 平成四年二月一二日

保険期間   右同日から平成九年二月一二日午後四時まで

被保険者   太郎ほか約款所定の親族

保険金額   保険契約者死亡一五〇万円

保険金受取人 法定相続人

2  原告らと被告大同生命及び同第一生命との間の各生命保険契約(以下「本件各生命保険契約」という。)においては、災害死亡保険金及び災害割増保険金の支払の要件として、「不慮の事故」による死亡とされ、対象となる不慮の事故とは急激かつ偶発的な外来の事故と規定されている。

原告らと被告富士火災との間の傷害保険契約においては、死亡保険金支払の要件として、「急激かつ偶然な外来の事故」による死亡と規定されている。

3  太郎は、平成七年三月二三日の夕刻、自動車を運転して商用による出張先の鹿児島市から福岡市の自宅に帰る途中で行方不明となり、同年七月五日、熊本県八代市の球磨川河口付近の八代海海上において遺体で発見された。

(甲一、原告花子本人)

4  原告花子は太郎の妻、原告花美は太郎の長女であり、他に太郎の相続人はいない。

5  原告らは、太郎の死亡は本件各保険契約における保険事故に該当するとして、本件各保険契約に基づき、被告らに対し、保険金の支払を求めた。

被告大同生命及び同第一生命は、原告らに対し、普通死亡保険金(被告大同生命は三〇〇〇万円、同第一生命は二五〇〇万円)は支払ったが、災害割増特約に基づく保険金の支払については、太郎の死亡が自殺によるものである疑いがあるから「不慮の事故」に該当しないなどとしてこれを拒絶し、被告富士火災も、同様の理由で、保険金の支払を拒絶している。

二  争点

1  「不慮の事故」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故」によることの立証責任

(一) 原告らの主張

保険会社が、被保険者の死亡が自殺によるものであることの立証責任を負うと解すべきである。

本件各保険契約においては、保険金を支払わない場合として「被保険者の故意による」ことが規定されており、このことからすると被保険者の自殺によることは抗弁として被告らが立証しなければならない事由である。保険金請求の要件である「偶発性」とは、単に事故が保険契約当時に予測できない、不確定なものであることをいうにとどまると解すべきである。

被告らは、約款において、「不慮か故意かの決定されない溺水[溺死]」が除外されていることから、不慮か故意かの決定されない溺水は本件各保険契約の対象たる事故から除かれていると主張しているけれども、約款には、分類項目15において「溺水」が記載されており、保険契約者に交付されるものはこの約款だけであるから、保険契約者が「不慮か故意かの決定されない溺水[溺死]」が除外されていることを知ることは不可能であり、このことをもって保険金請求者に対抗することはできない。

(二) 被告らの主張

保険金請求者が、「不慮の事故」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故」によることの立証責任を負うと解すべきである。

「偶発的な」とは、被保険者の故意によるものではないことをいい、その立証責任が保険金請求者にあることは、確定した判例である。本件各保険契約において、保険金を支払わない場合として被保険者の故意による事故を記載したのは、免責事由として記載したものではなく、これが急激かつ偶発的な外来の事故に該当しないことを注意的に明らかにし、不払事由を明確にしたに過ぎない。

本件各生命保険契約の約款においては、急激かつ偶発的な外来の事故について、「昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和五四年版」によるものとします。」と記載されており、引用されている分類項目では、不慮か故意かの決定されない損傷に関するE九八〇ないしE九八九が除外されていることから、不慮か故意かの決定されない事故は本件各生命保険契約の対象たる事故から除かれている。したがって、被保険者の故意によるものではないことを保険金請求者において立証しなければならないことは明らかであり(被告富士火災の傷害保険についても同様である。)、このことは保険契約者に交付されている約款を見れば明らかである。

保険会社は、傷害保険(生命保険の災害割増特約も含む。)については、保険料の算定に当たって、不慮か故意か明らかでないものは不慮の事故に当たらないことを前提に様々な要素から危険負担料の算定をし、その結果極めて低額の保険料を設定している。

2  太郎の死亡が「不慮の事故」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故」によるものかどうか

(一) 原告らの主張

仮に、原告らに太郎の死亡が自殺によるものではないことの立証責任があるとしても、その証明は「一応の証明」で足りると解すべきである。

太郎は、出張先の鹿児島市から自動車を運転して帰宅する途中に球磨川に誤って転落して溺死し、豪雨による河川の増水、激流により河口まで流された可能性が高い。

太郎の事業の状況は悪くはなかったし、多数の保険契約を締結していたといった事情もなく、むしろ、行方不明になる直前の家族や取引先との電話による会話は、太郎が自殺するはずがないことを推認させるのであって、本件においては、自殺を推認させる事情は全くない。

(二) 被告らの主張

太郎は、行方不明となった当時、経営不振で多額の債務を抱えていたこと、太郎の遺体の解剖結果によると、骨折や皮下軟部組織の特別な変色などの損傷異常が認められず、少なくとも交通事故や転落などによる外傷死は否定できるとの所見が示されていること、太郎の使用していた自動車は発見されておらず、また、球磨川流域の国道にも自動車が転落したような形跡は認められないことなどからすると、太郎が、原告ら主張のような事故により死亡した可能性は低く、むしろ自殺の可能性が高いのであって、被告第一生命代理人からの照会に対し、太郎の死亡事件を担当した熊本県警八代警察署長は、不慮の事故か、自殺か、他殺か決定できないと回答していることも考え合わせると、少なくとも、「不慮の事故」により死亡したとの立証があるとはいい難い。

第三  争点に対する判断

一  「不慮の事故」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故」によることの立証責任

1  証拠(乙イ一、八、乙ロ一、四)によると、原告らと被告大同生命及び同第一生命との間の本件各生命保険契約の約款においては、災害死亡保険金及び災害割増保険金の支払の要件として、「不慮の事故」による死亡とされ、対象となる不慮の事故とは、急激かつ偶発的な外来の事故で、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中別表記載のものとし、分類項目の内容については、「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和五四年版」(以下「分類提要」という。)によるとされ、本件に関係するものとしては、別表「分類項目15溺水、窒息および異物による不慮の事故、基本分類表番号E910〜E915」が記載されている一方で、「E984不慮か故意かの決定されない溺水[溺死]」等不慮か故意かの決定されない損傷がすべて除外されていること、右分類提要には、不慮か故意かの決定されない損傷とは、当該損傷が不慮の事故か自殺か、あるいは他殺かが医学又は司法当局の調査によって決定しなかった場合と記載されていること、右各約款には、保険金を支払わない場合として、保険契約者又は被保険者の故意又は重過失と記載されていることの各事実が認められる。

2  「不慮の事故」に該当することは保険金支払請求権の発生要件であるから、その立証責任が保険金請求者にあることは明らかであるところ、右認定事実によると、本件各生命保険契約の各約款においては、不慮か故意かの決定されない損傷は「不慮の事故」から除外されているのであるから、「故意によらない事故であること」が「不慮の事故」であることになり、その立証責任は保険金請求者にあると解すべきである。したがって、右各約款上、保険金を支払わない場合として記載されている事由のうち「被保険者の故意」については厳密な意味での免責事由ではなく(その他の事由が免責事由であり、保険者に立証責任があることは明らかである。)、被保険者の故意による事故については保険金が支払われない旨を注意的に記載してあるものと解するのが相当である。

3  原告らは、保険契約者である原告らに交付される約款上は不慮か故意かの決定されない損傷が除外されていることを知ることは不可能であるから、保険会社はこのことを保険金請求者に対抗することはできないと主張しているけれども、行政管理庁告示や分類提要は、保険契約時に保険契約者に交付されないものの、いずれも公刊物に掲載されていて保険契約者においてその内容を知ることは可能である上、そもそも傷害保険(生命保険の災害割増特約を含む。)は、普通生命保険のように単純に「死亡」自体を保険金支払の要件としているものではなく、不慮の事故すなわち急激かつ偶発的な外来の事故による死亡を対象とするものであり、保険の本質的な性格として被保険者の故意によらない事故であることを予定しているのであって、そこでいう「偶然」の意味も、保険事故一般に要求されるところの「不確定性」とは異なり、「被保険者の故意によらないこと」を含むものであると解されるところ、被保険者の故意による事故について保険金が支払われないことは約款上明記されていることも考え合わせると、立証責任という問題を正確に理解できるかどうかはともかく、少なくとも故意によらない事故の場合に保険金を請求できることを保険契約者において認識することは十分可能であると考えられるのであって、行政管理庁告示や分類提要が保険契約者に交付されていないことから、このことを保険契約者に対抗できないとする原告らの主張は採用できない。

4  したがって、本件各生命保険契約においては、「不慮の事故」であること、すなわち「太郎の死亡が同人の故意によらないこと」の立証責任は、保険金請求者である原告会社及び原告花子にあるというべきである。

5  このことは、傷害保険である原告らと被告富士火災との間の保険契約についても同様であり、「急激かつ偶然な外来の事故」であること、すなわち「太郎の死亡が同人の故意によらないこと」の立証責任は、保険金請求者である原告花子及び原告花美にあると解するのが相当である。

二  太郎の死亡が「不慮の事故」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故」によるものかどうか、具体的には、同人の故意によらないものと認められるかどうか

1  後掲の各証拠によると、以下の事実が認められる。

(一) 原告会社の経営状況について(甲二、三、一三、二二、乙ロ一四、乙ハ二、原告花子本人)

原告会社は、美容室や飲食店の店舗内装工事の設計、施工等を業とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、もっぱら太郎一人で営んでいた。原告会社の具体的な業務はこれらの工事の仲介や施工監理であり、工事自体はすべて下請に外注していた。

平成四年一〇月から平成七年九月までの原告会社の毎月の売上高、経費、経常損益等の状況は、別紙損益状況一覧表のとおりである。平成六年ころから受注が減少し、第七期(平成五年一〇月から平成六年九月)の経常損益は約一七〇一万円の損失となっており、平成六年一〇月から太郎が行方不明となった平成七年三月までの経常損益は約三七三万円の利益であるものの、同表に示されていないが同年三月に支払を要する工事原価等は一〇〇〇万円ほどあった。

また、原告会社の資産内容は、平成六年九月から債務超過になり(乙ハ二号証を甲二二号証に従い修正した結果)、平成七年三月末時点では、資産が約二一〇一万円、負債が約二八七六万円であり、解散前の最終決算期である平成七年九月末時点では、資産が約七〇三万円、負債が約二二八四万円であった。

原告花子は、太郎が行方不明となった後は原告会社の営業ができないため、負債を整理することとし、顧問税理士の勧めにより平成七年六月に自宅を約二六〇〇万円で売却するなどして、約二〇〇〇万円あった負債を整理した。

(二) 太郎が行方不明になるまでの状況について(甲一二ないし一五、原告花子本人)

太郎は、鹿児島市内の美容室新店舗の内装工事の打合せのために鹿児島市内へ日帰り出張した平成七年三月二三日に行方不明になった。

太郎は、今回の内装工事の関係では、すでに四、五回いずれも自動車で鹿児島へ日帰り出張していた。

太郎は、右同日朝、原告会社名義の普通乗用自動車を運転して同人方を出発した。

同日午後〇時一四分ころ、太郎は自宅に電話し、「娘はもう熊本に帰ったか、帰りは少し遅くなるかもしれないから夕食は軽めでよい。」と言っていた。

同日午後一時すぎころ、大阪の取引先である石橋信久から太郎の携帯電話に連絡があり、石橋が太郎に店舗内装工事の発注の話をしたところ、太郎は「今出張先で見積書が手元にないため、明日電話する。」旨答えた。

同日午後三時ころ、太郎は、鹿児島市内で、取引先である横田八郎らと間近(四月七日)に迫った新店舗オープンの段取りの打合せを行ったが、その際、横田が「車での日帰り出張はきついから、今度は電車かバスにしたら」と勧めたところ、太郎は、「今度はそうするつもりだ。」と答えていた。

同日午後四時五〇分ころ、太郎は取引先に電話しているが、これが携帯電話を使用した最後の通話である。

同日午後一二時が過ぎても太郎が帰宅しないため、心配になった原告花子が太郎の携帯電話に架電したところ、電源切れか圏外の反応を示すのみで、通じなかった。

(三) 遺体発見時の状況等について(甲一、乙ロ五、一六、原告花子本人)

平成七年七月五日、熊本県八代市新港町一丁目一三番アサノセメント先八代海海上において、漁船が流されている太郎の遺体を発見した。死体を検案した医師は、三か月前の同年四月五日ころ溺死したものと診断した。

遺体が発見された日の翌日である同年七月六日、遺体は熊本大学医学部法医解剖室において解剖され、担当した医師の所見としては、①遺体には、死後経過に伴う頭部と手指の白骨化、ほぼ全身に及ぶ軽度の屍蝋化、小動物による死後の遺体損壊の他に特記するような損傷異常を全く認めない、②遺体の全身には、骨折や皮下軟部組織の特別な変色などの損傷異常を認めず、また諸臓器に腐敗に伴う臓器実質の融解軟化の他に特別な損傷異常を認めない、③遺体の腐敗の程度からして、死後二〜三か月を経過したものと推測される、④遺体の第六、七頸椎間に完全な離断を認めるが、周囲の軟部組織間に変色などの異常を全く認めなく、漂流中の波浪と腐敗とによる死後損傷であることが推測される等とされており、死因については、死因は腐敗のため特定することはできないが、少なくとも交通事故や転落などによる外傷死は否定できる、解剖所見からは溺死の可能性が最も強いとされている。

また、被告第一生命の代理人からの照会に対し、八代警察署長は、不慮の事故か、自殺か、他殺か決定できないと回答している。

(四) その他(甲一七、二三、乙イ九、乙ロ一四、原告花子本人、弁論の全趣旨)

ア 太郎が行方不明になった後、現在まで太郎が運転していた自動車は発見されていない。

イ 太郎の遺体が発見された平成七年七月五日の直前である同月三日夜から同月四日未明にかけて九州のほぼ全域で豪雨があり、球磨川の水位もかなり上昇した。

原告花子は、久保田富男から、同月一〇日ころ球磨川上流の「神の瀬」付近で川中に白い自動車が浮いているのを目撃したとの情報を聞いた。

ウ 球磨川上流の「神の瀬」から河口までは約三五キロメートルあり、その間には、二つのダムと三つの堰がある。堰には流れを緩くするために、コンクリート製の障害物が川底一面に設けてある。

「神の瀬」の約一キロメートル上流にある大野観測所における球磨川の水位は、平成七年三月二二日から二四日にかけて約0.8メートル前後、同年七月三日から五日にかけて約八メートルないし一二メートルであり、「神の瀬」の約二〇キロメートル下流にある横石観測所における球磨川の水位は、平成七年三月二二日から二四日にかけて約0.6メートル弱、同年七月三日から五日にかけて約四メートルないし八メートルであった。

エ 人吉市及び球磨郡一円の道路管理を行っている熊本県人吉土木事務所は、当裁判所からの調査嘱託に対し、国道二一九号線の道路パトロールは毎週二回以上実施しており、その範囲は、①一般交通及び住民に危害を与える恐れのある道路付属物及び沿道区域の異常又は欠陥の発見、②路面、路側その他道路付属物の損傷状況及び原因の発見、③道路に関する工事の監視、特に工事中の交通の確保並びに標識及び危険防止施設の設置状況、④降雨時における排水の状況及び路側崩壊、崩土落石等の状況等である、平成七年三月二三日及び同月二四日にも道路パトロールを実施したが、そこでは国道二一九号線におけるガードレール損傷事故等は報告されていない旨回答している。

オ 平成七年三月二三日当時、九州自動車道の人吉・えびの間は未だ開通していなかった。

2  以上の認定事実に基づいて、太郎の死亡が同人の故意によらないものと認められるかどうか検討する。

(一) まず、原告会社の経営状況については、前記1(一)のとおりであり、平成六年ころから受注が減少し、同年九月の決算期には大幅な経常損失があり、その後もさほど経営内容の改善はみられず、資産内容も同年九月から債務超過になり、太郎が行方不明になった平成七年三月末時点では約七七五万円の債務超過になっていたものであって、かなり経営が苦しかったことがうかがわれる。

他方、解散前の最終決算期である同年九月末時点では約一五八一万円の債務超過となっていたが、これらの負債は太郎の自宅を処分することにより処理されたのであって、平成七年三月時点で原告会社の経営が破綻状態であったとまではいえない。

したがって、原告会社の経営状況の悪さは、自殺を推認させるという程度のものではないが、他方、自殺の動機が全くないと評価できる程度のものということもできない。

(二) 次に、太郎が行方不明になるまでの状況については、前記1(二)のとおりであって、右認定事実の限りでは自殺をうかがわせる言動は全くなく、太郎の死亡が故意によるものではないことを推認させる。

(三) 次に、遺体発見時の状況等及びその他の諸事情を併せて検討するに、前記1(三)のとおり、太郎の遺体の解剖結果によると、太郎の遺体には特別な損傷異常が認められず、少なくとも交通事故や転落などによる外傷死は否定でき、溺死の可能性が最も強いとされているのであって、このことは、原告らが主張するように国道から自動車ごと球磨川に転落して死亡したものではなく、むしろ太郎のみが球磨川河口付近に入水して溺死したことを推認させるものである。

原告らは、太郎は、平成七年三月二三日人吉市から八代市へ向かう途中、「神の瀬」付近で運転していた自動車ごと球磨川に転落して溺死し、その後同年七月初めころの豪雨により球磨川が増水して遺体が流され、球磨川河口付近の八代海海上で発見されたものであると主張しているけれども、①同年三月二三日当時の球磨川の水位は「神の瀬」周辺の観測地点においては一メートル弱の浅いものであったことからすると、国道から自動車ごと球磨川に転落したにもかかわらず外傷を負わないという可能性は低いこと、②豪雨により増水していたとしても、「神の瀬」付近から球磨川河口までは約三五キロメートルの長い距離があり、その途中には二つのダムと三つの堰があるのであって、八代海海上に至るまでに遺体が損傷を受けずに済む可能性は極めて低いこと、③熊本県人吉土木事務所による同年三月二三日及び同月二四日の道路パトロールによると、国道二一九号線におけるガードレールの損傷事故等は報告されていないこと、④そもそも同年七月一〇日ころ「神の瀬」付近で白い自動車が川中に浮いているのを目撃したとの情報についても、それが太郎の自動車であったことを推認させる事実が乏しいものであること、⑤鹿児島から福岡へ帰るには、当時高速道路である九州自動車道の人吉・えびの間が未開通であったのだから、人吉インターチェンジから右高速道路に乗るのが普通であり、八代まで国道を通ることは考え難いこと(原告らは、太郎は人吉市内のそば屋に寄った可能性があると主張しているけれども、そうだとしても人吉インターチェンジから高速道路に乗るのが普通であると考えられる。)などに照らすと、原告らが主張するような転落事故があったとの事実を推認するには問題が多すぎるというべきである。

(四) 以上検討したところを総合して判断すると、太郎の自殺の動機はあるともないとも断じ難いところ、行方不明になる直前の言動には自殺をうかがわせるものはないけれども、(三)で検討したとおりの発見された遺体の状況等の諸事情からすると、原告らが主張するような自動車転落事故の可能性はかなり低く、自殺ではないかとの疑念を払拭することもできないのであって、結局、太郎の溺死に至る経過はおよそ明らかではないといわざるを得ない。

3  したがって、本件審理にあらわれた一切の証拠によっても、太郎の死亡が「同人の故意によるものではないこと」を認めるには不十分であって、太郎の死亡が「不慮の事故」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故」によるものであると認めることはできない。

三  以上のとおりであって、原告らの本訴請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡健太郎)

別紙 損益状況一覧表<省略>

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